村瀬秀信『4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ 涙の球団史』

 1年以上ブログを更新していなかった。しかし1年以上更新していなかったのにちゃんと戻ってきたのは何よりの精神的成長の証である。はりきって行きましょう。今回はプロ野球横浜ベイスターズについての著作。

 

 

内容:

 神奈川出身で幼い頃から大の横浜ファンだった著者が、選手やOB、球団関係者等への細かい取材を通じ、横浜という日本プロ野球史上最も多く負けているチームの球団史を綴った本。

 

 プロ野球球団としての正式な発足は1950年。親会社は当時日本の水産業界で隆盛を誇った大洋漁業。球団名は大洋ホエールズといった。親会社が漁師の集まりであったことから、海の大物であるクジラにあやかってホエールズと名付けられた。社長が大の野球好きであったために半ば彼の道楽で発足した球団であり、戦前から立派なプロ球団として存在した読売巨人軍などのエリート集団とは異なってファミリー感(あるいは社長の公私混同感)溢れるチームであった。社長自ら家に選手たちを呼んで宴会を開き、なんなら選手の見合いの世話までしようとする。チームを強くしようと監督が外部からスパルタコーチを呼んでくると、社長が「みんなで仲良くやれ。あのコーチは厳しすぎるから辞めさせる」と言い出す始末。このファミリー感に伴う馴れ合い体質こそがチームに緊張感の欠如をもたらし、試合に負け続ける伝統と作ってしまったと著者は分析する。

 ただしこのチームにはもう一つ奇妙な伝統が発生することになった。ごく稀に、極めてごくごく稀に、なぜか突発的に優勝するのである。弱小チームの優勝はファンにとって大きなカタルシスをもって迎えられ、優勝に貢献したメンバーは英雄としてチームの歴史に刻まれていく。しかしそれらの優勝も、このチームの球団史においては決して手放しで喜ぶことはできない。球団発足から現在に至るまで70年近い歴史の中で、優勝回数わずか2回。1回目は1960年、2回目はそれから遥か38年後の1998年。どちらも、せっかく優勝したと思ったらむしろそれでみんな満足してしまったと言わんばかりに、優勝後に深刻な低迷期を迎えている。普通は逆である。しかしこのチームは奇跡的に全てが上手く噛み合ったときだけ優勝してしまうために、優勝後にかえって路頭に迷ってしまうのである。

 なお、チームは1992年に親会社の経営悪化に伴って切り離され、独立採算で経営していかなくてはならなくなった。これにより球団名は大洋ホエールズから横浜ベイスターズに変わった。ユニフォームも応援歌も急にポップなものに変わり、著者らファンは戸惑った。しかし、フタを開けてみると試合での勝負弱さは全く変わっていなかった。

 前述の通り、チームは98年に2回目の奇跡的優勝を果たすものの、その後の2000年代にはチーム史上最悪ともいえる暗黒時代が到来した。考え方がまるで違う監督を次から次へと呼んではコロコロと変えたかと思うと、若手の見本となるべき優勝時の功労選手をあっけなく放出したり解雇する経営陣。現場の選手が自分たちの意見を経営陣に伝えるためには、足尾銅山事件の田中正造ばりの決死の覚悟をもって直訴する以外にない風通しの悪さ。他にも、プロ野球人気の低下によってテレビ放映権料が落ち込みチーム財政が悪化するなどの事情もあったが、やはり大洋時代からひたすら続くチグハグな人事こそがこのチームの弱さの最大の原因だった。

 そんなチームに、一筋の光明が差し込んだ。スマホコンテンツ「モバゲー」で頭角を現した株式会社DeNAが球団経営に名乗りを上げたのである。当初、例によってファンたちはチームがどうなってしまうのか不安に包まれた。しかし、新時代の親会社はこれまでとは違った。2012年、若干35歳にして横浜DeNAベイスターズの球団社長となった池田純氏は、自分は野球の素人であるため現場の監督や選手の考えには深く干渉しないことをモットーとし、逆に現場の意見は会社全体で徹底して吸い上げ共有するシステムを構築した。これにより、他チームに放出された何人かの選手は再びベイスターズに復帰することになった。さらに球団は横浜市内の小学生にチームの野球帽を無償で配るなど徹底した地域密着戦略を打ち出し、ガラガラだった横浜スタジアムは連日ファンで盛況となった。

 チームの戦績がすぐに好転したわけではない。相変わらず最下位を行ったり来たりするシーズンが続く。それでも新たに監督に就任した“お祭り男”こと中畑清はどんなに負けても絶対に下を向かなかった。生来の明るさと異様とも言えるポジティブ発言でファンを盛り上げた。同じ負けの連続でも、今までとは雰囲気が違う。何より、横浜の街全体がベイスターズを応援するようになった。これまで隠れキリシタンのごとくチームを応援していた著者も、これからは堂々とベイスターズファンを公言できることが本当に嬉しいと述べ、この本は終わる。

 

 

 

 

かんそう:

 

 本書は、弱いチームを応援し続けたファンの涙ぐましい物語といったものではない。どちらかといえば、戦う選手たちの胸の内を多くの証言を交えながら炙り出す本だ。横浜に在籍した多くの選手は、優勝の味を知ることなくチームを去っていく。基本的にプロ野球選手は個人の成績で年俸が査定されるから自分の成績さえちゃんと残せていれば一安心かと思いきや、やはり試合に勝つ、あるいはチームが優勝することの喜びから遠ざかるというのは選手にとって極めて辛いようである。決して横浜に名選手が少なかったわけではない。しかし、例えば球団史上No.1投手と評される平松政次がいた時代は打線が全く援護できず勝ち星がつかない、逆に内川聖一村田修一など素晴らしいホームランバッターがいた時代はどんなに点を取っても味方ピッチャーがそれ以上に点を取られて負ける、更にせっかく獲得した期待の外国人助っ人が「ケガした」と言い張って日本に来ない等といった不条理に何度もお見舞いされるのである。

 そしてそれ以上に悲惨なのは、ひたすら迷走するチームマネージメントだ。必死にチームを引っ張ってきた野手6名が1994年のある日突然解雇され、その6名分の年俸をぴったり足した額で巨人から一人の選手が引き抜かれたという事件はあまりにも哀しい。頑張っても試合に勝てないどころかチームからもあっさり見放されるなんて、さながらブラック企業に使い捨てられる悲劇の労働者である。

 しかし本書に数多く登場する歴代OBたちは、著者による取材に対しこの横浜というチームを手厳しく批判するものの、今もずっとこのチームが躍進することを心のどこかで期待する気持ちを少しだけ匂わせる。横浜から離れたくても離れられないカルマのようなものを背負っている人ばかりなのである。それは「絆」といった綺麗なものとも違う。憎いけど愛着はある、愛着はあるけど憎い、そういったものだ。

 そして、同様の心理はファンにもあてはまる。著者がここまでこのチームを取材したのは、まぎれもなく著者がこのチームの大ファンだからだ。なぜ著者はこんな弱いチームが好きなのか。著者はその理由を、幼い頃に父親に連れて行ってもらった横浜スタジアム、その華やかな雰囲気とカッコいい選手たちのユニフォーム姿に一目で心を奪われた経験、ただそれだけをシンプルに挙げる。ここに負け続けるチームへの苛立ちと失望がブレンドされたとき、ますますチームから離れられなくなるカルマが発生するに違いない。

 ただし、今現在のDeNAベイスターズファンの多くは、必ずしもそのような歪んだ心理を持っているわけでもないだろう。地域を大切にする革新的な経営によってファンは激増し、チームのドラフト戦略や補強も合理的なものになってきた。そして本書が出版されて間もない2017年、ついにベイスターズはリーグ3位に食い込みクライマックスシリーズに進出。勢いに乗って2位阪神・1位広島を打ち破り、なんと日本シリーズにまで進んでしまった。結果的に敗れはしたが、圧倒的な資金力やチーム力を誇るソフトバンク相手に雑草魂全開で挑むベイスターズの姿は多くの日本人の判官びいき心理をくすぐった。今のベイスターズを応援する人たちこそ、きっとファンとしては“マトモ”なのかもしれない。

 いつかベイスターズが常勝軍団になったとき、本書の著者のようなファンはチームをどう見つめるだろうか。感無量だろうか、あるいは一抹の寂しさを覚えるだろうか。

 いや、それを考えるのはまだ早い。なんせ日本シリーズ進出直後の大いに期待された2018年シーズン、チームはあっけなく4位に終わった。躍進した後にあっさり沈むというお約束をこのチームが見せてくれる限り、往年のファンは決して離れることはないだろう。

 

 

おわり